第一原発20㎞圏内、楢葉町の牧場が再開!

 こんにちわ! 「かつらお動物見守り隊」です。

 震災から間もなく6年。

 福島原発被災地は次々と避難指示解除され、住民が戻れるようになっています。
 いろいろと問題はあるのでしょうが、震災直後の惨状を見てきた身としては、
 町が復興に向かうことは、単純にうれしいです。

 そんな中、楢葉町の「蛭田牧場」が再開したという、ニュースが!


▲福島県内でしかニュースにならなかったかも。

 楢葉の蛭田牧場といえば、2011年の震災直後、川内村から警戒区域の楢葉町へゲリラ侵入したことのある人ならば、知っているかと思います。

 私、ぽこ隊員は2011年5月16日、楢葉の乙次郎林道(通称)経由で20㎞圏内へ潜入しました。
 林道ツーリングで走ったことがあったので、もしかして通れるかも、と思って行ったのでした。
 (その頃は、林道にはまだ簡易ゲートしか設けられてなかったので、検問なしで入れました。警察に見つかったらアウトですが)

 目的は、富岡町にジロさんという犬が残されている情報をGETし、レスキューのために行ったのです。
(ジロさんの話はまた改めて)
 無事にジロさんを保護し、帰路に気になって立ち寄ったのが、「蛭田牧場」でした。
 
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▲行ってみると、たくさんの牛が牛舎に残されていて、ものすごい声で呻いていました。
僕たちも一緒に助けて」という貼り紙は、どこかの動物保護団体が貼ったもの。

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▲牛舎に閉じ込められている牛のほか、外に出ている牛もいました。

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▲とにかく、近くに置いてあった干し草と、地下水が出ているところから水を汲んで運びました。

 その数日後、どうにもいられず、鍵を壊して牛を逃がしてやろうとチェーンカッターを持って再び、牧場へ行きました。
 すると、牧場主さんが来ていて、いろいろな事情を聞きました。
 
 乳牛は肉牛と違って、体が重いので、放牧してぬかるみにはまると抜け出せず、死を待つばかりなのだと。
 牧場主さんは避難先から3日に1度は通って、世話をしたのです。
 それでも、牛は衰弱して死んでいき、12月には全滅だったそうです。

 当時のことは、こちらのブログに書きました。
⇒http://blogs.yahoo.co.jp/pocoyuko2006/53593495.html


 当時、蛭田牧場に一緒に行ったボランティアのTさんは、そこで牛の出産を目撃し、「私は牛を助ける」と決意、
 東京から通いながら牛のための活動を始め、ほどなくして福島に移住、「家畜おたすけ隊」(現・
「ふるさととこころを守る会」)を立ち上げました。

 犬や猫などのペットと違い、20㎞圏外へ連れ出すこともできない家畜のレスキューはさらに大変です。
 今も頑張って活動しているので、応援、よろしくお願いします。
 
 
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▲そのブログ記事の中の、この画像を見た、ジャーナリストの友人が、「牛の呻き声が聞こえる」と、
週刊誌の記者を紹介してくれました。

 それで、「週刊新潮」のグラビアページに掲載してもらったのが、以下の記事。
 ゲリラ潜入していることがばれるのはマズイので、匿名記事にしてあります。

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 そんな蛭田牧場が、再開したとは! 
 感慨深いです。
 一度、見に行ってこようと思います。

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 詳しくは、こちらを読んでくださいね。

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