2015年7月19日(日) 浪江町給餌報告 その2

 こんにちわ! 「かつらお動物見守り隊」です。

 ちょっと間が空いてしまいましたが、7月19日(日)の浪江町給餌報告、その2です。

 
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▲すべての給餌を終え、向かったのは、浪江町請戸地区。
 ここには津波で犠牲になった方々の慰霊碑があります。
 今まで気が付きませんでしたが、動物慰霊の卒塔婆もありました。


 第一原発から20㎞圏内だった浪江町では、津波の直後、しばらくは生き残っていただろう人々も、
 自衛隊や警察のレスキューが入らなかったため、餓死などで亡くなりました
 津波に遭わなくても、寝たきりのお年寄りがやはり餓死していたそうです。

 宮城や岩手のように、すぐにレスキューされていれば…。
 そこが、原発事故があった福島と他の被災地の違いです。人間も、動物も。

 まだ時間の余裕があったので、浪江町の「希望の牧場」へ行ってみることにしました。
 浪江町からは入れないため。一度南相馬市小高区に行ってから再び内陸の道路を通って浪江町へアクセスします。

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▲JR小高駅へ向かう道。南相馬市は南から小高町、原町、鹿島町が合併してできた市です。
そのうち小高町だけが20㎞圏内になり警戒区域にしていされました。
現在、警戒区域は解除され、誰でも許可証なしで立ち入りできるようになりましたが、住民でも住むことはできません。

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無題
▲「死の町」のはずの、小高町。駅前の風景。

若者たちが談笑しているし、数名の人々が犬を連れてたむろしています。

あれ? あれれ? ここはもう住めるのだったかしらん? ごく普通の町のように見えます。
南相馬市や福島市の仮設住宅から、昼間だけ戻ってきている住民たちでした。

それにしても、このワンコ、太っています。後ろに見える女性が飼い主だとのこと。犬も飼い主に似る?

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▲これは、かなりヤバイのでは?

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▲国の殺処分命令に抗い、警戒区域内の牛を生かし続けている希望の牧場」です。

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▲犬猫の給餌レスキューだけで手一杯で、知っていながら今まで訪れる機会はなかったのです。

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300頭余りの牛が、こうして旧警戒区域内で生かされています。
被ばく研究用としても、大変価値のあることだと思います。
なぜ、行政は殺すことを優先するばかりで、生かす方向に考えられないのでしょうか?
目の前から消せば、なかったことになるから? 

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▲この日はコンタクトもしてなかったので、とりあえず、ここまで。
牧場では給餌器制作の某カメラマン氏が撮影していました。

希望の牧場」については、ネットで検索するといろいろ出てきます。

私たちは犬猫への給餌レスキューしかできず、家畜までフォローできませんが、もっとずっと苦労されています。

前回の給餌報告「その1」に登場したAさんだけでなく、被災者の方々で頑張っている方々もいます。

福島はまだまだ大変な状況です。
ニュースにならなくなったからといって、原発事故同様、終わったわけじゃないんです。

私たちを含め、しつこく活動を続ける人がいることを、忘れないでくださいね。


浪江、葛尾への給餌レスキュー活動、7月26日(日)にも行っています。
活動報告はもうしばらくお待ちください。

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